東田直樹さんの本『自閉症の僕の七転び八起き』を読んで考えたこと

支援担の目線

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この本を読んで考えたことを書きます。

『自閉症の僕が跳びはねる理由』の東田直樹、待望の文庫エッセイ第5弾!

障害者だけでなく、人は誰でもどこかに不自由を抱えている――。「自閉症」という障害への思い、会話ができないからこそ見えてくる日常の様々な気づき。自らの「七転び八起き」の歩みが詰まった一冊!

目次

東田直樹さんを簡単に紹介

1992年千葉県生まれ。

会話の出来ない重度の自閉症でありながら、パソコンおよび文字盤ポインティングにより、コミュニケーションが可能。

13歳の時に執筆した『自閉症の僕が跳びはねる理由』で理解されにくかった自閉症の内面を平易な言葉で伝え、注目を浴びる。

同作は現在30カ国以上で翻訳、世界的ベストセラーに。

2021年10月『Forbes JAPAN』誌が選ぶ、世界を変える30歳未満の30人 “30 UNDER 30 JAPAN 2021″に選出。

『自閉症の僕の七転び八起き』を読んで考えたこと

この部分を読んで考えたことを書きます。

 毎日のように練習していることが、なかなかできるようにならないとき、僕は、まるで亀のような歩みだと感じます。こんなことは、誰にでもできることなのに、どうして僕にはできないのだろうと悲しくなります。

(中略)

 支援者は「少しずつできるようになればいい」と言ってくれますが、それは、支援者がそう思っているだけで、練習している人たちは、すぐにでもできるようになりたいと考えているのではないでしょうか。

 少しずつでいいのは、周りの人たちの方です。

 少しずつしかできるようにならない人は、練習のたびに心の中で、ため息をついていると思うのです。

(中略)

 その子にとって、無理のないペースの練習なら楽だろうと思わないでほしいでのです。亀のような歩みで練習を続けていくのも大変です。

東田 直樹『自閉症の僕の七転び八起き』KADOKAWA 2015年(128・129ページ)

優しさのつもりだった「少しずつできるようになればいい」

子どもを追い詰めないために使っていた「少しずつできるようになればいい」という言葉。

それも子どもを追い詰める言葉だったんですね。

少しずつできるようになるということは長い時間がかかるということ。

その分だけできない自分と向き合う時間も長くなる。

子どもにとっては辛い時間です。

「少しずつ」が悪いわけじゃない

しかし「少しずつ」は特別支援教育において非常に重要な考え方です。

「スモールステップ」とはまさに「少しずつ」でしょう。

それが「遠い目標に向かって “少しずつ” 進んでいこう」という意味で使われるから問題であって、

「近い目標から “少しずつ” クリアしていこう」ということなら良いのではないでしょうか。

小さな目標達成をこまめに実感させる。

嬉しい瞬間が少しずつやってくる。

これなら「少しずつ」も悪くないはずです。

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